ファッションのデザインプロセスは、ここ数年で大きく変化してきました。3Dツールやデジタル技術の進化により、アイデアを視覚化し、形にするまでのスピードは格段に向上しています。コンピュータ上でシルエットを確認し、色や素材を切り替えながら検討することも、今では特別なことではありません。最近では、DPC(Digital Product Creation:デジタルプロダクトクリエイション)という言葉も使われるようになり、目的や工程に応じてさまざまなデジタルツールが活用され始めています。
一方で、デジタル化が進むにつれて、「そのデザインは、本当に作ることができるのだろうか?」という不安の声も聞こえるようになってきました。デジタル上のデザインは完成していても、実際の製造段階で調整や修正が重なり、デザインが変わることもあります。その結果、時間やコストが想定以上にかかってしまうことも少なくありません。デジタルで描いたものと実物との間に生じるギャップは、徐々に顕在化しています。このような背景から、今アパレル・ファッション業界では、「デジタルで制作したデザイン」と「実際の生産」を、いかに結びつけるかがあらためて問われています。
目次
DPCとは、製品の企画・設計から検証、販売、UX(ユーザーエクスペリエンス)※に至るまでのすべてのプロセスでデジタル技術を活用してワークフローを最適化し、ユーザーに高い価値を提供することを目的とする取り組みです。従来のように現物サンプルを何度も作り直すのではなく、3Dデータやシミュレーションを活用しながら、デジタルで検討を重ねることで、製品開発の効率化やスピード向上を目指します。
特にアパレル・ファッション業界では、3Dモデリングによるデザインの検証やバーチャルサンプルの活用が進み、DPCは「新たなモノづくりの形」として語られることが増えてきました。このような動きを受けて、海外では、ファッションテクノロジー関連の専門メディアであるThe Interlineが 2022年より『Digital Product Creation Report』(DPCレポート)を発行しています。2026年版では最新のDPC戦略の枠組み、ブランド事例、各企業のDPCプロセスやエグゼクティブインタビューが掲載されており、単なる3Dツールの導入にとどまらない包括的なモノづくりの姿が示されています。さらに、DPC市場に対する分析では、DPCの普及度や導入状況を考慮した今後の課題や可能性についても検討されています。
※UX(ユーザーエクスペリエンス):ユーザーが製品やサービスを利用する際に得る、使いやすさ、機能性、デザイン性、感情的な反応などの体験の総称
The InterlineのDPCレポート2026(英語のみ)はこちらからご覧いただけます。
Digital Product Creation Report 2026
The Interlineによる、3DとDPCがもたらすクリエイティブ面や業界への影響、市場の展望、そしてDPCの変化をまとめた年次レポートが公開されました。ぜひダウンロードしてご覧ください!
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DPCという取り組みが広がる背景には、ファッションデザインを支えるデジタルツールの進化があります。現在のアパレル・ファッション業界では、企画や設計、検証といった工程ごとに、さまざまなソフトウェアが使われています。近年特に注目されているのが、3Dで衣服をデザインして視覚化するためのデザインソフトウェアです。パターン設計と3Dシミュレーションを組み合わせることで、シルエットやフィット感をデジタルで確認できるようになり、企画段階での検討スピードは大きく向上しました。
こうした分野では、CLO Virtual FashionやBrowzwear、Optitexなどが広く知られており、これらのソフトウェアで作成したデジタルプロダクトはデザイン検証や社内外のコミュニケーションツールとして活用されています。また、デジタルカタログの制作、ECやマーケティング用途への展開も進んでいます。実物サンプルを作らずにデザインイメージの共有や意思決定ができる点は、DPCの「スピード」や「効率」を象徴する側面と言えるでしょう。
前章でも紹介したThe Interline が発行する Digital Product Creation Report 2026 では、DPCの取り組みをおこなっている、以下のような企業が紹介されています。
この顔ぶれを見ると、DPCが3DデザインソフトウェアやCADのような特定のソフトウェアを対象としたものではなく、素材・副資材、製造装置、データ基盤をはじめ、企業のアセット管理や業務プロセス改善までを含めた横断的な製品エコシステムとして捉えられていることが分かります。DPCは、単一のツールで完結するものではなく、複数の技術や企業が関わり合いながら成立していると言えるのではないでしょうか。
これまで見てきたように、DPCを取り巻くツールや企業は着実に広がり、DPCを取り入れることで企画や検討のスピードが向上し、実物サンプルの削減やコストダウンといった成果を実感している現場も増えてきました。特にバーチャルサンプルを活用している場面では、デジタルツールの進化により、シルエットや配色、素材感を即座に切り替え、コンピュータ上で完成形を確認できる環境が整い、企画段階の自由度を大きく広げています。
一方で、デジタルデザインには、現実の制約から切り離された状態で表現できてしまうという側面もあります。
製造工程や加工条件を厳密に考慮しなくても、見た目としては成立したデザインを描けてしまう。それはデジタルならではの強みであると同時に注意すべき点でもあります。コンピュータ上では魅力的に見えても、制作方法や素材の特性、量産時の再現性を考慮していなければ、実際には作ることができない、あるいは作るために大幅な修正が必要になるケースが生まれます。デジタルだからこそ、「実物を作ることが難しい、あるいは不可能なもの」まで描けてしまうのです。
デジタル上では完成度の高いビジュアルイメージができていても、製造段階に入ると素材や加工条件の違いによって修正が必要になるケースは少なくありません。問題はツールそのものではなく、デザインと生産が別々の観点で進められていることです。本来のDPCがあるべき姿は、作業を早めるための仕組みではなく、「実際の生産を前提にデジタルで設計する」ための考え方です。
DPCを「効率化の手法」としてのみ捉えてしまうと、重要な視点を見落とすことがあります。効率化は結果であって、目的ではありません。デジタルでデザイン企画をおこなうことをゴールにするのではなく、「デジタルの自由度を活かしつつ、同時に実際の生産とどう結びつけるか」という意識の転換こそが、DPCを単なるデジタル化で終わらせず、新たなモノづくりの形へとつなげる鍵となります。
DPCを取り入れたこれからのファッション企画に求められるのは、効率化だけではなく、「実際に作ることまで考え抜かれたデザイン」なのかもしれません。
「実際の生産まで考え抜かれたデザイン」という視点は、すべてのファッション分野に当てはまりますが、とりわけその重要性が分かりやすく表れるのがニットの領域です。ニット製品は、目数や編み組織、使用する糸、編成方法といった要素によって仕上がりが決まり、デザインだけでなく伸縮性や厚み、風合い、さらには着心地にまで直結します。
ニットの企画段階では、雑誌や資料から気になるニットの写真や柄を集め、「この雰囲気を取り入れたい」「この柄を使いたい」といった形でイメージを膨らませることが一般的です。しかし実際のモノづくりに進むと、編み機のゲージが変わっただけで、柄の見え方や全体の印象が大きく変わってしまうということは珍しくありません。同じ柄でも、目数や糸の太さ、素材が変われば、見た目はまったく異なるからです。見た目のイメージだけでデジタルのデザインを作成すると、実際に編みあがったものがイメージと違うということが起こるため、デザインの初期段階から、どのゲージで、どんな素材を使うのかを前提に考え、編成条件そのものをデザインの一部として組み込むことが大切になってきます。
たとえば、デザインソフトウェアのAPEXFiz®は、デザインを検討する段階から編み機のゲージや目数などの条件を設定し、実物の糸のデジタルデータを使用してシミュレーションをおこなうことができます。さらに、デザインと同時に裏側では編み機用のプログラミングデータが組み立てられていくため、そのデータを実際のモノづくりに活用することが可能です。このように企画から生産まで一貫したプロセスが整備されていることで、DPCが「後付けの効率化手法」ではなくモノづくりの前提として機能しやすくなります。
APEXFiz®について詳しく知りたい方はぜひこちらの記事もご覧ください。
リアルなバーチャルサンプルはこれで決まり!企画から生産、ECへの活用まで幅広く役立つデザインソフトAPEXFiz®とは?
ファッション・アパレルの商品を企画する際、どんなソフトを使っていますか? CLO3D、Browzwear、Optitexをはじめ、おなじみAdobeなど、さまざまなソフトがありますよね。今回は、企画から生産、ECへの活用まで幅広く役立つデザインソフトAPEXFiz®をご紹介します。
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APEXFiz®が企画デザインに活用されているユーザー事例もありますので是非ご覧ください。
Asmara様は、世界中に調達基盤を持ち、地球規模の視野をもって事業をおこなうアパレルファッション企業です。 クライアントに寄り添いながら製品の企画から納品までをおこない、常に環境に優しいファッションの実現に努めています。
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ニットという領域の中でも、最も分かりやすくDPCが実践されているプロダクトが靴下です。靴下は構造がシンプルで、サイズや設計条件が比較的明確なので、デジタルでのデザイン設計と実際の生産を直結させやすい特徴を持っています。
近年では、靴下分野において、デジタルサンプルを活用しながら製品化まで進める取り組みも現実のものとなっています。DPCによって試作サンプルを大幅に削減できる点は、大きなメリットと言えるでしょう。靴下のバーチャルサンプル作成について詳しく書かれた記事もありますので、ぜひご覧ください。
靴下専用デザインソフトAPEXFiz® Design-Soxで叶える効率的&高品質生産
ファッションアイテムの企画・生産プロセスにおいて、デジタル化、特に3D技術を活用したバーチャルサンプリングは珍しいものではなくなってきました。その中でも「靴下」というカテゴリは、他のどのアイテムよりもバーチャル化との親和性が高く、サンプルレスを実現する可能性を秘めています。
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靴下も含む、ニット小物のバーチャルサンプル作成の流れはこちらの記事でご覧いただけます。
ファッション業界のデジタル化を促進するためのソリューションを全6回でお届けしていますが、第4回目の今回は、小物アイテムの企画に役立つデザインツールをご紹介します。パターン(型紙)作成をはじめ、ケーブル柄やジャカード柄などを効率よく素敵にデザインする方法や、カラーバリエーションの作成についても説明します。
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そして、靴下業界の新たな取り組みとして注目を集めているのが、デザインと製造をつなぐ仕組みです。
デザイン検討のためのバーチャルサンプルが、そのまま製造工程で活用される点は、DPCが目指す姿を具体的に示す例だと言えるでしょう。
靴下は構造がシンプルで設計条件をデジタルに落とし込みやすく、DPCを現実のモノづくりとして成立させやすいプロダクトです。靴下を含むニットの事例は、DPCが単なる効率化の手法ではなく、「作れるデザイン」を考慮したモノづくりの手法であることを、分かりやすく示しています。
現在、Lonatiと島精機製作所が共同で3月4日におこなうウェビナーの申込み受付中です。本ウェビナーでは、靴下業界のモノづくりにおいて、現物サンプル作成に依存している現状を改善するための新たな製品開発のワークフローが紹介されます。英語のウェビナーですが、YouTubeの字幕機能を用いて、日本語でご覧いただけます。ウェビナーの視聴は以下のサイトよりお申込みいただけます。
デザインから生産へ:LONATIとSHIMA SEIKIがデジタルで切り拓く靴下業界の未来
LonatiとSHIMA SEIKIの強みを活かした革新的なソリューションが紹介されます。
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DPCは、単なるデジタルツールの導入や効率化のための手法ではありません。3Dやデジタル技術の進化により、デザインを素早く視覚化できる環境は整いました。一方で、描いたデザインがどこまで実際の生産プロセスにつながっているかという視点は、これまで以上に重要になっています。
DPCが意味を持つのは、デジタルデザインが完成イメージで終わらず、製造のプロセスにつながっているときです。特に今回紹介した靴下を含むニットの事例が示しているのは、「作れるデザイン」を前提に設計することで、デジタルでのデザイン企画と実際の製造とのギャップを限りなくゼロにできるということです。ゲージや素材などの条件を含めて考え抜かれたデザインは、結果としてスピードや効率、品質の向上にもつながっていきます。
これからのファッションにおいて、DPCはただの効率化ツールではなく、モノづくり全体のプロセスを見直すための視点として今後ますます重要になっていくでしょう。